鬼と呼ばれた男と桜を狩る少女

鬼と呼ばれた男と桜を狩る少女



 オラクル船団の一船、シップ・ソーンの一角にある喫茶店。まだ店を開けたばかりの早い時間だが、空気の抜ける音と共に扉が開く。
朝方の掃除を終え、とある事柄を片づけて食器でも磨くかと棚へ目線を移していた男が来客した者へと視線を向ける。
赤い髪を逆立て、浅黒い肌に張り詰めた筋肉。
およそ喫茶店の店長とは思えない程、体格の良い男…シェイド・V(ヴァンガード)は相手を見ると接客用の表情から呆れた顔へと変わる。

「よぉ、おはようさん。すげぇ頭してんな…?」

 視線の先に居る少女はそう言われて、首をかしげて見せる。
寝起きなのかとろんとした目。青と赤のオッドアイがゆるゆるとしばたく。
少女特有の細い体に、何故かイレズミを入れている肌は病的な程に青白い。
そして肌に負けぬ程、腰程まで伸びた白く長い髪がかしがれた首に合わせて揺れる。
同時に、嵐にでもあったかと見間違う位にボサボサとなった箇所も揺れた。
少女、桜狩 陸海(さくらがり むつみ)は小さなうめき声を漏らす。

「…夢見 わろし。朝にうつらつら 来る前まで ごろごろ してた。」

 あんまりな言い訳に額を掌で抑えて天井を仰ぐ。
夢見が悪くて寝不足とはどこの子供かと思うが、改めて思えばコイツの見た目は子供である。
仕方がないとため息を漏らしつつ、桜狩を招き寄せた。

「髪の手入れぐらいしてこいよ…。ほらこっちこい。」
「んー…。」

 彼女は眠そうに目をこすりながら後ろをついてきた。
店の手洗い場まで案内してクシと寝癖直しウォーターを取り出す。
このお子様は放っておくとそのまま任務に出ようとするため、こうした時には世話を焼いていた。
お蔭で喫茶店にも関わらず、簡易のケア用品まで準備するまでに至る。
 半分寝ているのか、ふらふらと揺れる彼女の頭を支えながら髪にクシをかけていく。

「あぁもう…じっとしてろ。しかし、自分じゃまともにケアなんてしてないだろうに、何でこんなサラサラなのかねぇ…。」

 寝癖を直し終えた髪の一房をすくい、指を通してみると引っかかる事もなく毛先へ抜ける。
以前聞いた時はケアどころか風呂も習慣付けていないという話だった。
勿論その場でシャワー室へと叩き込んだが。洗い方を知らないと半裸で出てきた時にはゲンコツをお見舞いしたのも今は昔。
髪の毛をいじられてくすぐったいのか軽く身じろぎする桜狩は、不思議そうな表情を浮かべ彼を見上げている。

「フォトンの 力?」
「いや、疑問形で答えられてもな。」

 時折おかしな反応をする彼女に苦笑を浮かべる。
いつもの事だと持ち直して、ぽんっと軽く頭を叩いて終わりを告げた。

「うし、こんなもんだろ。朝は食べたのか?」
「大丈夫だ 問題ない。」
「はいはい、食べてないんだな。」

 気まずそうに視線を逸らす桜狩。今度は頬が引きつるのを感じつつ、呆れながら溜息をつく。
彼女は偏食が強いのか度々食事を抜く。匂いが強い物や刺激の強い物…例えば苦い物…等は、
普段あまり変わらない表情に関わらず嫌そうにする。
その代わりに好きな物には目の色を変える様には子供かと呆れるが、見た目でやはり思い直す事になるのであった。

「仕方ねぇな、フレンチトーストでも作ってやるからちょっと待ってろ。」

 そう言ってキッチンへと向かうと、甘い朝食と聞いた彼女がふらふらと付いてくる。
カウンターへと座ると相変わらず感情の薄い表情だが、心なしか嬉しそうな雰囲気を見せた。

「流石 店長。愛してる 言っても良い。」
「あーはいはい。コウエイデスネー。」

 冗談な上にお子様に愛を囁かれてもなと、呆れを混ぜた笑みを浮かべながら食材を取り出す。
調理している俺の姿に興味はあるが眠いのか、頭をふらふら揺らす桜狩。
そんな様子に少々心配になり、昼過ぎには店を妹に任せて同行するかと考えを巡らせる。
悲しいかな。立地が悪いのか客と言えばコイツか、頼りなさげな赤髪の友人とその知り合い達位しか来ないのだ。



 個人通信で桜狩へ一報を入れてから、任務地を飛んでいるキャンプシップへ向かう。
船内で軽く支度を済ませてから地表へと降りると、サイバーグラス越しに柔らかい日差しを感じる。
惑星ナベリウスのとある場所。そこは広大な森林が広がり、バケツをひっくり返したような豪雨が度々起こる場所だ。
主に見かけるのは原生種とダーカー、そしてたまにラッピーと呼ばれる黄色い鳥。
アークスへ襲いかかって来るのは前者で、今も彼女に薙ぎ払われた原生種が周囲へ四散していた。
振り払われてなびくその白い髪を見やりながら、敵が残っていないか辺りを警戒しながら彼女へ近づく。

「ん シェイド。やふやふー。」
「よう。こりゃまた団体さんだったみたいだな…って、おい。」

 気軽な挨拶をしながら桜狩がこちらに顔を向ける。
通信を入れた時、やけに興奮していた様子だったのでこの為かと思っていたが、正面を向いた彼女を見て眉を顰めた。
何故なら彼女の顔半分が液状のフォトンまみれとなっていたのだ。まるで血を流しているような様子に声を荒げる。

「また何かヘマしたのか…だから回避をおろそかにするなって言ってんだろ!?」

 そう言ってたしなめながら彼女の顔を布で拭ってやる。
大体のアークスはフォトンによって守られており、
貫かれるような事があっても体内フォトンが減少するだけで大怪我には余りならない。
それを差し引いても彼女は痛覚が驚く程鈍いらしく、怪我を放置する傾向がある。
話を聞いた限りではダガンの腕を腹に突き刺したまま、ショップエリアをうろついた事もあるらしい。
軽く注意はしているのだが、あまり身に染みていないようである。

「通信 来たら返事 思って。」
「戦闘中なら無理に返さなくてもいい。落ち着いてからでいいんだからな?」

 人の話を聞かない割に妙な所で律儀である。その真面目さを自身に向けろと思うのは何度目か。
その後ある程度任務をこなした後、お昼時を随分と過ぎている事に気づいて声をかける。

「そういや大分昼を過ぎたが、昼食は済ませたか?」
「まだ。」

 首を横に振りながら答える彼女に、妹に店を任せた後で身支度してこちらへ来たついでと昼食にする。
突然の雨に降られても大丈夫なように大樹の下へ移動して弁当をあける。
卵焼きを頬張りながら、彼女は携帯食でも持ってきたのだろうかと思い横に座る桜狩へと目を向ける。
 朝食と違って今度は持ってきた物を食べていた。
ただし、フォトンドロップの欠片。ほぼ鉱物であって、食事にする物ではないハズ。
少なくとも聞き及ぶ範囲では聞いた事はない。

「何食べてんだお前は…。」
「フォトンドロップ 欠片。」

 頭痛をこらえるように額を押さえながら呆れて見せるが、コイツは悪びれる様子もなく答えながら口の中で鉱物を転がしている。
小さい物とはいえ喉に詰まらせたらと心配する前に、彼女は音を立てながら噛み砕いて飲み込んだ。
それはそれで怪我をするのではないかと思うがちゃんと消化、もといフォトン化されて吸収されたらしい。

「普通の食べ物はどうした?」

 咎めるように少しにらんでみせると、気まずそうに彼女は顔ごと視線を逸らす。
これもよくある事だった。携帯食は確かに味は二の次だが、少なくともフォトンドロップよりは食べ物らしい。
なのに彼女は効率が悪い、と砂の味がする………と本人が言う………フォトンドロップを口にするのだ。
 ある種予想通りの展開にため息をつきながら、荷物からもう一つ弁当を取り出す。
戸惑う彼女へフタを開けて無理やり押し付ける。

「どうせそんな事だろうと思って、作っておいた。いいから食え。」

 食べなければ夕食にする事は言わず、自身の弁当に手を戻す。
桜狩は少しの間渡された弁当と彼を交互に見ていたが、やがて恐る恐るといった具合に渡された弁当に手を伸ばした。
彼女用にと少し小さめに作られたおかずを口に入れると、美味しさに目を輝かせて次へと移る。
コイツも味音痴ではないはずなんだがな、と不思議に思う。
次々に食べてゆく彼女を眺めていたが自身も遅めの昼食に空腹だった事もあり、食事に戻った。



 桜狩に初めて会ったのは、店の買い出しからの帰り道だった。
閉店して片づけをしている際に食材を切らしている事に気づき、急いで買い物をすませた帰り。
数人の若者が年端もいかない少女を囲い、明かりの少ない方へと誘導しているのに気づく。
若者達の危険な雰囲気と、状況に流されている様子の少女に声をかける。

「おいおい…こんな時間に、お子様囲ってどこ連れ込む気なんだお前ら?」

 多少の呆れをのせた声色に反応して若者達が振り向く。
買い物帰りな格好を見るとすぐに威勢よく吠えたてるが、内容は小悪党のソレと大差ない。
お楽しみを邪魔された若者達は、息も荒く好戦的に構える。
昔は顔を見られただけで畏怖されたものだが、と時代の流れを感じながら彼は買い物袋を地面に降ろした。

「急がないと通販が届いちまう…行くぞ!」

 最終便で予約していた調理品が届く日だった事もあり、いつも以上に手早く片付ける事に決めた瞬間だった。



「桜、狩り損ねた。」

 若者達を気絶させた後、助けた少女の第一声。
お礼でも戸惑うでもない、意味不明な言葉に思わず間の抜けた声を漏らす。
むしろ残念そうな雰囲気すら漂わす彼女だったが、正面を向くと更に異様さに気づく。
死人のような青白い肌、色素が抜け落ちたような真っ白な髪。
十代前半に思える背格好に関わらず顔に彫られたイレズミ。
生気を失ったかのような暗い赤色と、肉食動物のようにランランと光る青色のオッドアイ。
そして、まるで亡霊が生者へと向けるような視線に思わず戸惑う。

「なんの事だ?というか、こんな時間にお前さんのようなお子様が出歩いたら危ないだろ。」

 一先ず疑問は棚に上げて、出歩いた理由や自宅を訪ねるが全て曖昧に返される。
どうしたものかと困ると彼女の腹の虫が鳴き出すのを機に、店前へと招いた。
連れ込むわけにもいかず残っていた軽食を渡すとあっという間に食べきり、また来ると言ってその日は別れた。
以来、それなりの頻度で来店するようになる。



 昼食後に任務を再開し、周辺調査を行いながら彼女と出会った日を振り返る。

「子供は放ってはおけない…とはいえ随分な出会いだったな…っと、こんなもんかね。…ん?」

 植物の採取を終えて顔を上げると、周辺警戒していた桜狩が交戦しているのが目に入った。
団体に歓待を受けて四方八方から襲われるが、怪我をかえりみず強引に切り払う。
狼型の原生種が真横から飛び掛かってくるのを、体勢を崩しながら回避してがら空きの横腹へ攻撃を叩き込む。
そのまま別な敵へと移ろうした所で、無理な姿勢からの移動で足が草に絡んだ。

「回避…わわっ」

 桜狩が派手に転んでしまいそうになる所に飛び込み、その軽い体を片手で支える。
隙を見て空中から襲い掛かってきた原生種の鳥に対し、彼は空いた片手で殴り飛ばしてから息を吸い込む。
そのまま連続して襲い来る敵を片手のみで受け流し、さばき切って見せる。
最後にわずらわしいとばかりに周囲を吹き飛ばしてから一呼吸。
まだ辺りを囲む原生種たちににらみを利かせる。

「ったく、無茶すんなって言ってるだろ。…でもまぁ、ありがとな。」

 腕の中にいる桜狩に向けてお礼を言うと、真顔のまま見上げている視線が絡む。

「ぽっ」
「余裕そうだなオイ。」

 わざわざ口に出して言う辺り笑えない。笑うべき所なのかもしれないが。
真顔のため雰囲気が全くないのも拍車をかけていた。
せめて多少赤面でもすれば血の気を感じて、血行も良く見えるだろうにと思う。
それでも健康面としてしか見れない点が、彼女との間柄を感じさせる。
身軽な動きで腕の中から離れた桜狩は、口の端を引き上げて笑う。

「無問題 フォロー 感謝。それじゃ あ 狩ろう。狩ろう!」

 普段は表情が薄くロクな感情を浮かべない桜狩が、感情をあらわにする瞬間。
その様子を見る度に眉をしかめる。
まだ年端もそんなにいかないだろう少女だというのにも関わらず。
色んな事に興味はあるだろうに。おいしい食事に喜びを感じるだろうに。優しくされて嬉しいだろうに。
それなのに何故、一番彼女の感情を駆り立てるのは奪う事なのか。
 まだ、この時の俺にはわからなかった。



 任務を終えて二人でキャンプシップへと戻り、内部にある簡易の販売機等で荷物の整理を行う。
遅くなってしまったが報告等雑務だけは済ませるか、とロビーに戻ってカウンターへ足を向ける。
桜狩はどうするかと問いかけようとして振り返ると、彼女はすでに別なエリアへ向かう転送機の中で手を振っていた。

「今日 手伝い 感謝。バイ バイ。」

 お礼を言うには軽く、別れを惜しむには簡素すぎる言葉と共に彼女の姿が消える。
それはまるでエネミーが消えるが如く霧散して見えて、刹那嫌な想像が彼の脳裏をよぎる。
だが、これもよくある事。特に今日のように遅い日は転送される姿がそう見えるのだ。

「まぁ、その内また来るだろ。」

 落ち着くため、ため息に似た一息と共に肩を落として見せる。
今日が終わっても、明日は誰にだってやってくるのだと。



 彼女にとってそれは死を超えて迎えるものだと知るのは、ずっと先の話。

  • 最終更新:2017-10-08 08:16:55

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