突然の手紙-sideE

 生まれ育ったエーデルヴァイスから遠く離れた――、離れたという表現が正しいかも定かではない程に見知らぬ世界であるオラクルで暮らし始めてから早数か月。住めば都とはよく言ったもので、エリーゼは順調にオラクルでの暮らしに慣れ始めている。

 姫として城で生活していた時のような窮屈ながらも華やかな日々とは正反対ともいえる生活だが、今のエリーゼにとってはそれが心地よくも思えるようだった。
 そうエリーゼが思えるのは、騎士であるアレウスが彼女と同じようにオラクルに迷い込んだからだというのは間違いないだろう。彼は、このオラクルの地でも変わらずにエリーゼに仕えることを選んでくれているのだ。
 国にいた時とは違い、お互いにアークスという身分になった今では主従関係など解消されたに等しい。
 国で騎士として活躍していた時には彼に多額の給金が与えられていたはずだが、それもこの地では与えられるわけもなく。
 しかし、それでもアレウスはエリーゼの身の回りの世話全てを引き受けていた。エリーゼ自身が非常に不器用だということもあってか、彼はエリーゼに家事をするようにとは全く言わず、黙々と家事をこなしている。

 今日のティータイムの菓子類も全てアレウスの手作りだ。エリーゼは、着々と様々なスキルを身に着けていく彼を心から尊敬しつつ、内心羨んでもいた。
 しかし、エリーゼはボタン付け1つまともに出来ないうえ、先日アレウスが出かけている時に試してみた料理は目玉焼きを炭にするというあまりにも哀れな結果。彼の家事力に対する憧れを胸の中に仕舞いながら、エリーゼは紅茶の注がれたカップに口をつける。
 鼻孔を微かに擽る芳しい香り。本来騎士がすべき仕事ではないのだろうが、アレウスの紅茶を淹れる腕前はもはやプロと言っても過言ではないとエリーゼは思っていた。

 いつも通りの平穏なティータイム。

 しかし、突然にその平穏は空から現れた謎の封筒によって崩された。

「むっ! 何奴……!!」
 空から突然封筒が現れたにも関わらず、アレウスはその封筒を紅茶や菓子に触れる前に掴んでいる。流石騎士の瞬発力とでも言うべきだろうか、半ば人間離れしているようにも感じられる自らの騎士の行動に、エリーゼは素直に感心したように頷く。
「凄い、瞬発力ですわね……?」
本来ならばもっと他の所からツッコミを入れねばならないことなのかもしれなかったが、エリーゼは先ず騎士の素早さを褒めることにした。
「この程度、エリーゼ様の騎士として当然の事です」
 アレウスは、エリーゼに褒められた時には必ずこのような反応をする。騎士であることが彼の誇りでもあるのだろうが、彼は常に騎士のお手本のような清廉かつ真面目な振る舞いをしていた。恐らくは、エリーゼの為に。
 アレウスが手に持った封筒の裏面には何やら文字が書いてあるようだった。

 座ったままでは何が書いてあるかまでは判別出来なかったエリーゼは椅子から立ち上がり、少々行儀が悪い行為ではあると思いつつも彼の隣まで近寄る。どうやら丁度封を切るところだったらしい。
 そこまで近づけば、流石に封筒の裏側に書いてある文字が読み取れた。

 ルィバーク商会。

 世間の事には少々疎い方であるエリーゼでも知っている、エーデルヴァイスの商会連合の名だ。エーデルヴァイスで魔物と呼ばれている異形の存在の身体の一部などを素材として利用し、様々な道具を作ってはそれを王族から庶民まで多くの人々を相手に商売をしている団体だ。
 しかし、そのルィバーク商会の封筒がここにある理由が一向に分からない。
 エリーゼが不思議そうに首を傾げつつアレウスの手元を見れば、アレウスが最初にその封筒の中から取り出したのは手紙だった。


  前略 兄さんへ

  兄さんが突然消えてからはや数ヶ月……生きていますか?死んでいますか?
  死んでいても返事を下さい。

  もしかしたらエトワールがいなくて心配しているかもしれない兄さんに朗報です。
  エトワール うちの庭にいました。
  よかったね。

  何故今回手紙が送れたかと言うと、兄さんの持っている星泪の位置を商会で調べたからだよ。
  詳しい場所はこちらでもわからないけど、なんか荷物は送れるっぽいのでせっかくなので手紙も書いてみた。

  感動した?
  兄さんは、色々な噂があって正直最近はちょっと怖いけど、心配はしてるよ。

  ちなみに俺は彼女と仲良くしてるよ。兄さんは姫のおっぱいに惑わされていませんか?
  俺は彼女の包容力に毎日包まれているので、どうぞ羨ましがって下さい。

  そうそう、このことはまだ王様とかには報告してないんだけど、母さんや父さんには伝えてみた。

  そしたら、母さんが溜まってるお見合い写真を送ると言い出したのでついでに送ります。
  どう? ちなみに俺は三枚目の城下の靴屋さんの子とかわりといいと思う。兄さんの好きそうな清楚系じゃない? やばくない?

  この手紙を読んだら、三日以内に転送装置の上に返事を置いてください。さもないと俺が泣くよ。

  ちなみに、兄さんの好物のキャロットケーキを母さんが焼いてて、それを旅に出た兄さんに届ける予定もあったんだけど俺が食べました。

  PS 気に入った子がいたら同封した書類にサインして送り返して下さい。早く結婚して

  メリウスより

  草々


 手紙はどうやら、アレウスの弟からだったらしい。良く言えば男らしく、悪く言えばやんちゃが過ぎる文字が並んでいる。
 隣でエリーゼと同じように手紙を読んでいるアレウスの目が段々と曇っていくのを内心心配しつつも、そこに書いてあることは決して悪い事ばかりではなかった。アレウスの愛馬であり、エリーゼも可愛がっていた白馬のエトワールが無事だったのである。

 ナベリウスで離ればなれになってしまったと思いきや、エトワールは元居た場所に再び転移されていらしく、その足でアレウスの実家まで向かったという。
 エリーゼは胸のつかえが取れたような気分になり、安堵の溜息を吐いた。
「無事で、良かったですわ……アレウスの家にいるのなら、安心ですわね」
 それは心からの言葉だった。彼の実家で過ごすのならば、エトワールも不自由もしないだろう。

 そして、喜ぶべき事はもう1つ。星泪の座標を元に、生物ではないものならばエーデルヴァイスとやり取りが出来るということだ。これで、もし何か不測の事態があったとしてもそれを国に伝えることが出来る。

 星泪。騎士団の団長となった者に主が与える忠誠の証だ。エリーゼがアレウスに渡した星泪はネックレス型で、ペンダントトップは雫型の青みがかった水晶のような石である。その石から呼び出される白銀の剣は、持ち主の心の有り様をそのまま映す鏡のようなものだ。アレウスの剣はその性格をそのまま映し出したように誰よりも強く、そして美しい。

 オラクルではどうやら星泪は使っていないらしいが、エリーゼは彼の忠誠を疑ったことはなかった。
 この星泪を制作しているのがルィバーク商会であり、そこに所属しているのがアレウスの弟であるメリウスであるらしい。エリーゼはようやく一応の納得をしつつ、封筒の中から次に出てきたものに目を向けた。

 出てきたのは、写真、写真、写真。それも、全て女性の写真である。化粧をしっかりとした女性が微笑みながらこちらを見つめているようにも見えるそれは、どう見ても見合い写真だった。そして、エーデルヴァイスにおいて結婚をする際に必ず国に提出しなくてはいけない書類までもが封筒から出てきたのである。
「……」
 いつもは輝いているアレウスの瞳が、心なしか死んだ魚のように曇っている。どうにか彼を励ましたいが、エリーゼは半分死にかけているような己の騎士に気の利いたコメントをする能力がなかった。
「綺麗な方ばかりですわね」
 アレウスが複雑そうな表情を浮かべるのが分かる。それもそうだろう、アレウスは結婚相手を決める気などないらしいのだから。エリーゼとしても、自分の騎士であるアレウスが結婚相手を直ぐに決めてそちらの方に行ってしまうようでは少し寂しい。真面目な彼のことだから、結婚をしたとしても自分のことを護ってくれるであろうことは間違いないだろうが、それでもだ。無論、アレウスが自分から誰かと結婚したいと言うのならば祝福する準備もエリーゼにはある。
 だが、本人が望まないというのならばずっと自分のことを護っていて欲しいともエリーゼは思っていた。


 しかし、この手紙への返信の期限は三日。悩んでいる暇などない。
 どうやらアレウスの母は一刻も早くメリアー家の長男であるアレウスの結婚を望んでいるらしい。

 普段ならばエリーゼの前で決して溜息など吐くことのないアレウスが、先程から何度も溜息を漏らしている。

 エリーゼはこの手紙がまさしくアレウスにとっては不幸の手紙であったことを悟った。

  • 最終更新:2017-07-25 00:08:40

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