突然の手紙-sideA

 エーデルヴァイス王国白雪騎士団団長。今はただの一人のアークス。
 元々持っていた立場や血筋の意味は、オラクルというこの場では実に稀薄なもので。
 騎士として一人の女性を姫と奉り守護するのは、今では彼自身の趣味のようである。
 彼、アレウス・メリアーには日課があった。
 生活そのものが日課の連続と言っても過言ではないのだが。

 鍛錬、仕事、日記、姫として慕っているエリーゼ・ニワレ・エーデルヴァイス嬢の身の回りの世話。
 特に姫の身の回りの世話など、以前は侍女などに任せていた事だ。
 最近はエリーゼ自身も自分で着替えや入浴をするようになった為アークスになりたての頃などは多少楽にはなったものの、それでもまだまだ家事を任せられる程には至らない。
 そもそも彼女の騎士は、彼女に家事をさせようという気が更々ない。
 騎士団長として生活していた時よりも格段に忙しくなった毎日ではあるが、慕っているエリーゼが以前より身近に感じられる生活をアレウスは噛み締めていた。
 噛み締めすぎて最近は何やら漏れてはいけない感情が漏れ気味であるが、そこは夜な夜な日記帳にしたため発散をしている。

 昼下がりの現在も、彼はリビングにてエリーゼの為にアフタヌーンティーを淹れていた。
 椅子に腰掛けて大人しく待機する姫君の為に極上のものを仕上げなくては。
 ふわりと上がる湯気と香りが、上手く淹れられた事を知らせてくれる。紅茶を淹れるのも随分腕が上がった。
 ケーキスタンドに乗った菓子類も最近は手作りだ。
 騎士力に加えて女子力すらも上げていく。これも我が姫の為。鍛錬の一環。アレウスにとってはこの上ない至高である。

 そんな時だった。

「むっ! 何奴……!!」

 エリーゼ以外の気配に、彼は咄嗟に反応する。
 突如として頭上より、アレウス目掛けて飛んでくる分厚い紙の封筒を寸での所で受け止めた。
 伊達に鍛えてなどいない。これくらいは朝飯前である。
 敵襲かと思った彼は周囲を見渡してから、手の中に納まる封筒を薄目で睨み付ける。
 紅茶や菓子に当たらなくて良かった。
 当たっていたのならばその場で紙類にとっての処刑、所謂焚火にしてくれようと思っていた。

「凄い、瞬発力ですわね……?」

 聞こえてきたのは鈴を転がすかのような乙女の声音。
 エリーゼの声に他ならないのだが、アレウスの耳にはそのように聞こえる。
 ところでこれは褒められているのだろうか。
 凄い、と彼女は言ってはいるが早とちりしてはならない。獣の如き動きに引いているのではなかろうか。
 騎士たるもの、女性を脅えさせる事などあってはならないのである。
 疲れてしまわないのかと心配になる程に深読みに深読みを重ねた結果。

「この程度、エリーゼ様の騎士として当然の事です」

 いつも通りの対応。
 もし褒められているのだとしたら飛び上がりたくなる程の歓びに悶絶しながらも顔にも態度にも出さず、手の中の封筒を眺める。
 表側から裏側へと引っくり返して見ると、よくよく見知った文字が書いてある。

 ルィバーク商会。
 
 弟、メリウス・メリアーが勤めている商会連合の名だ。エーデルヴァイス王国随一の巨大さを持つ、商人達の集まりである。
 何故そんな封筒がオラクルに。
 弟がいるという事も誰かに話した気はするが、彼の勤め先の名は誰にも告げていない。ある筈のない封筒が今手の内にあるのだ。
 アレウスは考える間もなく、封を切った。
 エリーゼも突如現れた封筒が気になったのだろう、椅子から立ち上がりいつの間にか彼の傍に立ち中身を覗き込もうとしていた。
 まず最初に開いたのは手紙であった。

────

  前略 兄さんへ

  兄さんが突然消えてからはや数ヶ月……生きていますか? 死んでいますか?
  死んでいても返事を下さい。

  もしかしたらエトワールがいなくて心配しているかもしれない兄さんに朗報です。
  エトワール、うちの庭にいました。よかったね。

  何故今回手紙が送れたかと言うと、兄さんの持っている星泪の位置を商会で調べたからだよ。
  詳しい場所はこちらでもわからないけど、なんか荷物は送れるっぽいのでせっかくなので手紙も書いてみた。

  感動した?
  兄さんは、色々な噂があって正直最近はちょっと怖いけど、心配はしてるよ。

  ちなみに俺は彼女と仲良くしてるよ。兄さんは姫のおっぱいに惑わされていませんか?
  俺は彼女の包容力に毎日包まれているので、どうぞ羨ましがって下さい。

  そうそう、このことはまだ王様とかには報告してないんだけど、母さんや父さんには伝えてみた。

  そしたら、母さんが溜まってるお見合い写真を送ると言い出したのでついでに送ります。
  どう? ちなみに俺は三枚目の城下の靴屋さんの子とかわりといいと思う。兄さんの好きそうな清楚系じゃない? やばくない?

  この手紙を読んだら、三日以内に転送装置の上に返事を置いてください。さもないと俺が泣くよ。

  ちなみに、兄さんの好物のキャロットケーキを母さんが焼いてて、それを旅に出た兄さんに届ける予定もあったんだけど俺が食べました。

  PS 気に入った子がいたら同封した書類にサインして送り返して下さい。早く結婚して。

  メリウスより

  草々

────

 やはり開かないまま焼却すれば良かったと、アレウスは後悔した。
 突っ込みどころが多過ぎるが、逐一突っ込んでいたら一体返事の手紙も何枚になるのか分からなくなる。
 然し中には良い知らせがあった。良い知らせと悪い知らせがある、とでも言おうか。出来れば悪い知らせから聞きたかった。

 良い知らせ。それは愛馬エトワールの存在である。
 ナベリウスにて離れ離れになった後、ダーカーなどの餌食になっていたと思っていたがまさか別れた後に元いた星へ再度転移していたとは。
 通りで骨の一欠片、馬具の一つたりとも見つからなかった訳である。

「無事で、良かったですわ……アレウスの家にいるのなら、安心ですわね」

 エリーゼが喜んでいる。
 こんな、人の目に触れさせるのさえ憚られる内容の手紙を読んで、エリーゼがほっとしたような顔をしている。
 実に複雑である。

 それにしても、星泪が座標となり転送魔法の行使が可能となったとは畏れ入る。
 封筒もアレウスの頭部を狙って飛んでくる訳だ。

 星泪(せいるい)とは、エーデルヴァイス王国騎士団にて団長の座に就任した者に与えられる忠誠の証である。
 心の有様を映し白銀の剣を喚び出す石を取り付けたアクセサリーであり、各々の騎士団を率いる団長はそれを身に付けて日々生活している。
 忠誠心無き者の剣はなまくらとなり、戦地で敵と剣を交えた際折れてしまうのだ。
 他にも色々と制約などがあるのだが、アレウスはネックレス状の星泪を服の中に隠していた。
 オラクルでは星泪の剣は使わない、とアレウスは決めていた。忠誠が揺らいでいる訳ではない。
 エリーゼもアークスとなり、戦闘では努力しようとしている。忠誠の証を握り締め戦線に立つならば、彼女の前に立ち総ての敵を払い退けねばならなくなる。
 それでは、彼女が努力しようとする妨げになるのだ。それをエリーゼ自身がどう捉えているかは分からないが。

 この星泪、製作はルィバーク商会が承っている。魔物を捕縛、加工し商品を造る彼らは、国も重宝していた。
 製作者が商会にいるのだから、星泪の座標を調べるなど訳もないのだろう。
 まさか、転移魔法の威力が星すらも超えて発動するとは驚きだが。
 因みにこの転移魔法、生物は送れない。同封されていた転移陣が描かれたプレートを使用して帰国、という訳にはいかなそうだ。

 封筒の中身を更にテーブルの上に広げてみる。出てくる出てくる。
 どこぞの男爵家の次女に、笑顔の眩しい街で人気の花屋の娘。果ては有名な酒場の踊り子に、街角で風景画を描く画家の少女。
 三枚目の靴屋の娘を見る。
 確かに清楚な顔立ちだ。感想はそれしか浮かばなかった。

 母が形振り構わなくなってきた。これはまずい、とアレウスは閉口する。
 母の想いが、重たい。
 星間移動してまで届いたものがこれか。辛い。とても辛い。

 そして最後に同封されていたものが、国に提出し婚姻を認めさせる為の書類である。
 そこにサインをし、手紙に気に入った娘の名を書いて送り返せと言っているのだ。
 帰国した際には晴れてその娘と夫婦になっている、という事なのだろう。
 それは流石に相手の娘にも失礼ではなかろうか。
 自分がいない間に、メリアー家では一体何が起こっているというのだ。まるで分からない。理解もしたくない。

「……」

 隣に姫がいる現状も居た堪れなく、アレウスは死んだ魚のような目をエリーゼへと向けた。

「綺麗な方ばかりですわね」

 それには同意する。
 同意だけはする。
 こんな破天荒過ぎる内容の手紙を目の当たりにしたのにも関わらず、それだけのコメントに留まってくれたエリーゼに心の底から感謝した。

 思いがけない事ではあったが、届いたには届いたのだから返信はしなければなるまい。
 期限は三日。
 乗っている筈の姫と騎士がいないにも関わらず馬だけ所持している事が国王陛下にバレると、メリアー家に迷惑が掛かりそうな気がしなくもない。
 エトワールを隠すように指示をするか、それともエリーゼに一筆書状を頼むか。その書状は果たして王に信頼して頂けるのか。
 こちらにはエリーゼが使う為の国璽すらないというのに。
 後は、どのように母を傷付けずにやんわりと断り、白紙の書類を送り返すかも課題である。
 悩み尽きぬ騎士は、姫の御前というのに溜息を吐くのを止める事は出来ないのだった。

  • 最終更新:2017-07-24 22:20:44

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