キャストでよかったって、初めて思った

第二部 ナゴミストーリーセッション2nd「キャストでよかったって、初めて思った」



 ぼんやりとした意識の中、見慣れない天井が目に飛び込んできた。

「あ、ナゴミっ!!」
「……ママ……?」

 見慣れない部屋の、見慣れないベッドで。
 かたわらには、見慣れた母親が座っていて。

 そうか、とナゴミは思い出す。

 東京での、謎の幻創種討伐任務に出て、ルコに会って助けようとして……。
 気づいたら竜巻に呑まれていた。
 あのときのことは、よく覚えていない。
 ただひたすらに、360度全方向から襲いくる攻撃に耐え、必死でルコをかばった。

 痛かった。怖かった。
 そして、何よりも――。

「……あっ」

 病室の隅に置かれたパーツが目に入った。
 ハミューがくれた、防御性能を高めたパーツ。
 装甲には細かい傷が無数に入り、あちこちがへこみ、ひしゃげてしまっていた。
 あのパーツから今使っている生体ボディに交換した記憶はないから、寝ている間に誰かがやってくれたのだろう。

「ナゴミ……本当に、無事でよかったわ」

 ママがお医者さんに聞いた話だと、キャストでなければ、いかにアークスといえど無事では済まなかったダメージらしい。
 ママに久しぶりに抱きしめられて、ナゴミは嬉しくも気恥ずかしい気分でいた。





 東京は、洸陵学園にほど近い場所にある総合病院。
 ここはアースガイドの息のかかった施設で、潜入調査を行うアークスがケガをした場合などはここに運び込まれるらしい。

 あの戦闘から2日がたっていた。

 ナゴミのケガは、脳にまで至ったダメージはなく、念のために検査を行う程度で退院できるらしい。パーツの修理は大変だろうが。
 一緒に運び込まれたルコも、ケガは大したことなく、昨日の朝には意識を取り戻して退院したと聞いた。

 ひとまずはほっとした……けれど、やっぱり人づてに聞くだけでなく、直接会って確かめたい。
 しかし、それは許可されなかった。

「なんでよっ!」
「私に言われてもね……あなたは、キャストパーツ姿でいるところをあの子に見られちゃったかもしれないんでしょう? その調査が済むまでは会えないよ」

 忘れかけていたもうひとつの問題。
 あのときの記憶は曖昧になってしまっていてわからないけれど、キャストであることをルコに知られてしまったかもしれない。
 そして、キャストであることを知られてしまったら、もうあの学園にはいられなくなる。

「確かめなきゃ……」

 自分が覚えていないのなら、もう一人の当事者に聞くのが一番早い。
 つまり――。





 消灯時間になるのを待って、ナゴミは暗い病室のベッドからそっと抜け出す。
 入り口から……はさすがに見つかっちゃうかな。
 ここは2階。窓から飛び降りていけばいい。

 窓を開け、こっそりと周りを確認。
 誰もいないようだ。

「よしっ」

 ナゴミは、病院を抜け出した。
 もう一人の当事者、ルコの無事を見届けて、ついでに『見られてしまったのか』を確認するために。





「どうしよ……」

 うまく抜け出したはいいが、行くあてがないことに気づいた。
 ルコの家など、知らない。
 かといってもう夜だ、学園にいるはずもない。

「ルコがいきそうな場所……」

 まったく心当たりがなかった。
 そもそも、ルコについて、自分が知っていることがあまりに少ないことに気づく。
 知っているのは、同じクラスで、オカルトが大好きで、会員一名のオカルト研究同好会に所属していて、ナゴミが一人でいるとよく話しかけてきてくれることくらい。
 優しい子なんだ、と思う。

「あら、ナゴミちゃん」
「えっ……!? ルコっ!」

 ちょうどルコのことを考えながら歩いていたから、幻が話しかけてきたのかと思って飛び上がりそうになった。

「そんなに飛び上がって驚くことないじゃない」

 ルコがおかしそうに笑う。飛び上がりそうどころか知らないうちに飛び上がってしまったらしい。

「な、なんでこんなとこに?」
「ふふ……オカルトよ」

 ルコが軽く腕を組んでほほえみ、ウィンクしながら人差し指で唇に触れる。
 彼女がこう言ったときに詳しく聞こうとするとよくわからない話が展開されていくので、ナゴミは触れないことにした。
 とにもかくにも、元気そうで安心した。

「ねえ……おとといのこと、覚えてる?」
「おととい?」
「た、例えば……例えばよ? あり得ない話だけど! 例えば……あたしが機械の身体だったとか……」

 ルコは、何かを言いかけたのか一瞬口を開いたが、結局何も言わずに閉じた。
 少しの間逡巡したあと、ルコが口を開いた。

「よく、覚えてないのよね」
「覚えてない……? そうなの?」
「ええ」

 見られていなかった。
 少しほっとする。

「いいえ、覚えてるといえば覚えてるわね。あの日、ナゴミちゃんにオカルトの波動を感じてあとをつけて……ベンチで一休みしてたところまでは覚えてるから、きっと寝ちゃって、熱中症か何かになっちゃったのね」
「そうなの……? そっか、あんな暑い中で寝ちゃうなんて、ルコはアホねっ」
「ふふ、ええ、そうね」

 それから、少しの間ルコと話をした。
 もうすっかり元気になってるみたいで、まるでいつも教室で話しかけてくるときみたいに。

 ルコも無事だったし、自分も無事だった。
 それは、ナゴミがキャストだったからこそ起こった奇跡。

「あたし……キャストでよかったって、初めて思ったかも」
「何か言った? ナゴミちゃん」
「あ、ううん、なんでもないっ、こっちの話っ」

 今まで疎ましく思っていたパーツの身体が、今は急に恋しくなった。

  • 最終更新:2017-07-27 23:30:00

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